Diary 2010. 12
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12月14日 (火)  Congratulations on the third anniversary.

 設立三周年、おめでとうございます。
 先日、渕ライフサービスの渕さんご夫妻が来社されました。
 佐賀市のご家庭からの依頼業務を済ませて、寄っていただきました。それに、渕ライフサービスの設立三周年を迎えられ、スタッフみんなでお祝いを申し上げました。渕幸代さんは私の同級生(小・中・高)です。小学校の同窓会では、たいへんお世話になっています。12才で卒業して、現在55才までの43年間続いていることを思えば、すごいことですね。それも幸っちゃんがいてくれたおかげです。あらためてお礼を言いたいと思います。
 思えば、3年前に事業の相談があった時には、私自身は少々驚きました。まず、彼女は真面目すぎて商業的ではない、と思いましたが、すぐに間違いであったと反省しました。彼女の人柄である誠意ある振る舞いは、すぐにお客さんは評価していただいたようでした。その前の事業の取組みの段階で当社の社員2名が渕さん宅へ出向き、打ち合わせ等をしましたけど、若手社員曰く「社長より、しっかりしておられました」・・・・言葉が出なかった。これは、仕方ないものです。 次に、ご主人に始めてお会いしましたけど、幸ちゃんに輪をかけたように、真面目な方でした。少々、私より焼酎の量が多いかなと思いましたけど。・・・・お互いに気を付けましょうね。
 さて、3年間のご苦労のお話を聞かせていただきましたが、お客様からの信頼度は十分に得ているように感じました。そして、地域柄にご高齢のお客様が多く、その依頼も多種多様であり苦労も多いけど、喜んでいただいた時の笑顔がすばらしくいいのでやめられない、とのこと。これからも無理をせずに頑張っていただきたいと思います。儲かった時におごって下さいね。

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12月13日 (月)  [私たちに、困難と闘う勇気を下さい]

タイトルの[私たちに、困難と闘う勇気を下さい]は、米国の35代大統領のケネディの大統領就任式の名演説です。
 草食系とか肉食系とか、・・・・世間の評価は、どうしてか当っているものです。納得してしまいます。政治家で言えば2/3は、草食系、残り1/3が肉食系だと友人が言っていた。思わず、納得してしまう。その友人は仕事ができて、若い人の面倒見がいい。それも心底からである。私が買った本をほとんど読んでいる。だから私と意見が合うのか? できれば、自分で買ってほしい。そして私が借りて読みたいものだ。彼がどういう本を自ら所望するかを知りたいのもある。
 さて、先日は恐れ多くも我が国の総理大臣の批判をしてしまった。しかし、私たちは、かなり期待していたのでその反動が多々あります。月間紙の致知10月号に、我師である行徳先生と芳村思風先生との対談記事がありました。タイトルは「経営者よ、野生のエネルギーを取り戻せ」です。その号が出てから一週間後に行徳先生から私に電話があり、「致知は読んだか?」との問いに、「はい、読ませていただきました。」「で、どう思う?」「常日頃から、先生が言っておられていることが、集約されていました。」「君たち、若い者(若くはない50を過ぎてますよ)が、野生の感覚を取り戻して、ガンガンやりなさい!!」・ ・・・続く。
 ケネディ大統領の演説ではないけど、日本の政治家、とくに総理や大臣にもう一度、復習してもらいたいものです。
 そういえば、4年前に先生に佐賀に来ていただいた時の講演
のタイトルは[元気]でした。国内での少子高齢化による生産物の飽和状態、製造価格の差(人件費や製造コストの安い近隣国からの輸入)による経済格差の影響、またドルやユーロ安による円高の影響、高い国内の法人税率等も経済のキャパそのものが狭くなり、行き詰まり感があります。現在こそ先生の教えを発揮しなければいけないと再確認させていただきました。

[芳村思風先生] 感性型リーダーシップの十か条
@ リーダーには教育力あるいは活人力がなくてはならない。
A リーダーには魅力的な個性あるいは人望がなくてはならない。
B リーダーには勇気ある行動力がなくてはならない。
C リーダーには先見力がなくてはならない。
D リーダーには自分達の仕事の意味、価値、値打ち、素晴らしさ、すごさを情熱を持って語らなくてはならない。
E リーダーは自分の生き方を支える哲学を持って語らなくてはならない。
F リーダーは人間としての成長意欲を持ち続けなくてはならない。
G リーダーは創意工夫への努力、変化を恐れては行けない。
H リーダーは文化力を身に付けなければいけない。
I リーダーは人間性の豊かさをつくらなくてはいけない。

[行徳哲男先生] リーダーは逃げてはいけない
理性型の人間・・・現代人は苦しみから逃げ過ぎている。苦しみから逃げるから苦しみにつくまとわれるんです。逃げ回って何かと言い訳をつくるのは大体、理性型の人間ですよ。言い訳が多すぎます。
感性型の人間・・・感性型の人間は自分の置かれた状況に浸り切るきることができますから、苦しくなったら苦しみます。悲しかったら思い切り泣けばいい、死ぬ時は死ねばいいんですよ。
(致知:10月号より、一部抜粋)
写真:2006年10月のものです。行徳先生とアサヒビールの中条名誉会長そして左の女性は、沖縄のT社長です。

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12月11日 (土)  何をノンキなことを・・・

まいりました。「今までは、仮免許でした。」・・・・一国の首相が発した言葉です。最初、私はウソだろう・・・。と思いました。現在の日本の状況をわかっていますか。国際的には、尖閣諸島や北方領土問題をはじめ、北朝鮮による近隣国への砲撃問題や円高による輸出業の打撃不振やTPP参加問題による農業を始めとする棚上げや進展しない拉致問題等々・・・・。 また国内外で[閣下]と呼ばれる大臣の不適切を通り越した発言や進まない経済対策、独立国としてとうぜん取組まなければならない国防問題(普天間飛行場等)等の山積し、答えを出さなければならないことがあります。しかし、やっている事と言えば、ばらまきと言われても仕方がない、子ども手当や農業者への補助金等。どうしてしまったのか我が国、日本は!! まだまだありますね。国の治安を預かる長に、それに相応しくない人物を当ててしまった鈍感さには呆れてしまいました。数年前の自民党のCMに「あんな総理より、私がやった方がましよ!!」と、いうものがありましたが、まさにそのものです。国家観がない人が国家公安委員長とはね。さらに、内閣の要といわれる官房長官の件などは、もってのほかです。世界からの笑い者扱いではないですか。・・・・民主党発足から、いやそれ以前からどれだけの国民があなた達に期待したのでしょうか。その期待が政権交代という現実になっているのではないでしょうか。


12月10日 (金)  金の玉子達よ、再び

 私たち以上の年代の方であれば、「金の玉子」という意味は理解していただけると思います。地方の若者(主に中学卒業者を対象) 先日のブログで終戦後からの日本の成長過程を少し書きましたが、もう少し詳しく書いて、金の玉子達との関係を見てみましょう。
 1945年(昭和20年8月15日)の終戦より、混乱期から復興期を迎えます。1950年(昭和25年〜28年)からの朝鮮戦争による特需景気がありました。さらに、「戦後は終わった」と言わせた神武景気が、1955年(昭和30年)から降って沸いたように短期間で終わるものの、国内景気に刺激を与えたように思います。そして経済的には、しばらくの底を経験するが、岩戸景気をつくり出す国内産業。この頃(1958年.昭和33年から36、7年)は、日本の主産業として、繊維・鉄鋼・自動車等の産業が活気を得て、「金の玉子」といわれる労働力を欲していた時期でした。全国的に、北海道・東北より、そして九州や地方の各県から、東京・大阪へと若年者層の大移動[集団就職]が行われました。
 私自身は、1955年(昭和30年)生まれですので、集団就職された方達は先輩に当ります。もちろん、それに近い環境にあった訳で、同級生の中には、集団ではないものの、中学卒業で社会人になった人は多くいました。
 さて先日、友人であり、同じ師を持つYさんから緊急の連絡がありました。現在Yさんは、県内のT市でソーシャルワーカー(県嘱託)をしています。YさんはT市の5校を回り、学校生活に適応が難しかった生徒や親、そして教職員との中に入り、その打開策を見いだしています。卒業まで4ヶ月を切り、その後の進路についてYさんは、多忙な日々を送っている過程で私のことを思い出したらしいのです。3年前のことですが、私たちの仲間である福岡のN氏から、A君を紹介されました。A君は中学の時から不登校気味で、ほとんど学校に言っていなかった。その時に紹介を受けましたが、妙に私になついてメールをくれるようになりました。最初はたわいもない内容でしたが、だんだんとA君の心が見えるようになり、自分なりのアドバイスをしていました。そのが功をそうしたのか分かりませんが、N氏の指導のもとに中学校を卒業して高校に進学しました。今では宮大工を目指して修行中です。そのことや私たちの仲間の中でふぐ料理店を展開し、上場までした企業があって、そこで住み込みで中学生が働けないだろうか、との問合せがYさんからありました。早速に、その会社に連絡し、状況を聞いたところ、高校卒であれば採用しているとのことでしたが、中学卒業での就職を人事担当者に聞いてもらいました。そうしたところ、検討してみましょう、との回答を得たのです。後はYさんにバトンタッチしてしますが、何とか採用まで結び付いてほしいと願っています。そして、平成の金の玉子たちが自分の居場所とやりがいを見いだしてほしいものです。さして、この件で奮闘しているYさんの存在は大きいと感じます。学校・教育委員会という、閉ざされた中にYさんが今年から入り、親身になり、且つパワフルに行動しているその姿を見て私自身も刺激を受けています。学校の教職員も職業安定所の方もそれなりにやっておられることでしょうが、YさんやN氏のようなパワーと臨機応変さが感じられません。そう感じるのは、私だけでしょうか。
 世間は厳しい。甘くはない。しかし、苦しみや苦労の後には、必ず道はひらける。
 だから、「苦楽」と言う字は、苦が先で楽が後なのです。
 ガンバレ、佐賀の若人たちよ!!




12月9日 (木)  就職について その1

 この時期、新卒者は来春の就職について、一喜一憂の想いだけでなく、とてつもない不信感などを抱いている人が多いのでは、と思います。たしかに、近年の国内においては就職(雇用)について、めまぐるしい程の変化がありました。1980年代後半から1990年代の初頭までに起こったバブル景気では、私たちの年代で分かりやすいのが、「シーマ現象」「地上げ」「リゾート地開発」などがあります。同時に企業側が新卒者に対する雇用も、熱を帯びていました。大学生に対しては、4年生の卒業予定者だけでなく、在学中の3年生に対しても、触手を伸ばしていました。またビジネス社会では、「ヘッドハンティング」の全盛期だったのもこの時期ですね。このようなことは現在では、考えられませんが、その時期に恩恵を受けた数多くの人がいることも事実です。長い歴史の中で考えると、それもありなのか、という思いもあります。100年前の1910年には韓国を併合し、第一次世界大戦へ参戦。(当時は日露戦争に勝利して国内に活気があった) そして関東大震災などもあり、大不景気時代へ突入します。さらに、満州事変から1941年(昭和16年12月8日)に第二次大戦に入り、1945年(昭和20年8月15日)の終戦を迎えます。その間の国内は、未曾有の経験をしたと思います。
しかし、それからの日本は財閥解体・農地改革・高度経済成長期を迎え、欧米諸国との貿易摩擦問題が発生する程の成長を国として達することができたのです。しかし、前述の1980年代からの歴史につながっていきます。[歴史は繰り返す]の如き、現代の私たち(現役+α)が何とかしなければと思います。そのためにも、国の司令塔である内閣+官僚もしっかりしてほしい。官と民が力とノウハウを出し合うことこそが、就職氷河期に挑んでいる人々に希望とヤル気を提供できると思います。
 現在、当社には今年で3人目になるインターンシップの学生(訓練生)が来ています。最初のM君は、一ヶ月の訓練を終了して無事に就職できました。二人目の人は、インターンシップだけで終わってしまいました。現在3人目のH君(19才)が頑張っています。素直さとヤル気が一日毎に上がっている気がします。「カッコをつけないで挑め」と最初に言ってありますので、大きな声や機敏な動きができる。そして[感・即・道](考えずに、感じたらすぐに行動)と[出入口](まず自分から出さないと、相手からは何にも入ってこない)の精神を持つ。今もH君はヤル気満々で頑張っています。


12月8日 (水)  若人、来る。

・・・・一年以上もの間、休んでいたブログを再開します。今度こそは、不退転のつもりで挑みたい。
久しぶりのニュースは、「若人来る」です。県の産業技術学院からインターンシップで来たH君。昨年高校を卒業し、度重なる就職試験に挑戦するもうまく行かず、産業技術学院の門をくぐった、らしいのです。当社としても現在求人していない状況ですが、ヤル気がみなぎるその姿勢を評価して、学院と協議して今回のインターンシップとなりました。頑張ってほしいし、私たちも業務を確立して受け入れ体制を作りたいと思っています。

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