7月24日 (月)  16年ぶりの感動、遥かなる甲子園を見て。

会社のテレビ(CATV)で16年ぶりにはるかなる甲子園を観ました。映画を見たのは、1990年(平成2年)の封切りですから、私が会社を始めてから3 年目の年でした。私の長女のAYUと現在アイクリックで頑張っているSAKIを連れて、その映画を観に行ったのは・・・。私は最初から感動の連続でしたが、連れて行った二人はどうかというと、「キョトンとして、どうして泣いているの?」と言っていました。・・・・考えてみると、多くがろうあ者の役柄で出演者の言葉は、そのほとんどが字幕スーパーでしたので、当時7才と8才の子供には理解できなかったのでしょう。しかし、その映画で触れることのできた感動は、必ず彼女達の心の中に入り込んでいると思います。いつの日にか、その感動が実社会において役に立つはずです。
映画では、真壁少年(林泰文)が甲子園で高校野球を観戦して、聞こえないはずの音を聞いて感動して高等部の先生(三浦友和・田中美佐子)に野球部の設立を申し出たところから始まります。数々の障害や困難を克服して高野連加盟まで実現し、夏の全国高校野球大会・県予選を迎え、結果として接戦で敗れてしまうが、皆で心一つになって戦ったという爽快感と達成感を味わった。「真壁少年が聞こえない音を聞き、仲間や校長(植木等)を始めとする教職員・教育委員会・高野連まで動かした力は何なのか?」
今の私は目の前の障害物の大きさに、恐れおののいているのではないか。いやそうではない、勇気を忘れているだけなのだ。自分自身の勇気と真の仲間の存在を思い出せ。と自分に言い聞かせています。「自分の存在」を再認識すれば、困難は困難でなくなり、目的や目標を達成できると確信します。 [感・即・動]ですね。
真壁少年や新城先生のような、素直で純粋な気持ちで立ち向かわなければ行けないのではとあらためて痛感させられました。
「聞こえない音が聞こえる」や「見えないものが見える」そして私たちは「目の前の壁を乗り越える」ことが責務であり、全員の心が一つになれば、必ずやできるという“気”が必要なのです。一如になることこそが、行徳先生の教えでもあり、王監督や松岡修造氏などの活躍もそこからきていると思います。
私たちも、真壁少年を始めとする北城ろう学校のみんなが味わった爽快感と達成感を味わおうではありませんか。

写真:上 トップ画面(CATV画像を撮影、以下同じ)
写真:中 真壁少年(林泰文)
写真:下 新城先生・重森先生(三浦友和・田中美佐子)

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